日本語を教えるということ

日本語を教えるということ

日本語教育

今日はJLPTの試験対策レッスンをした。

すごく楽しかったけど、もどかしかった

うまく教えられない部分があったからだ。

今日はJLPT試験のN1を12月に受験する生徒で、

彼女からの質問はいつも的確で、鋭く、理解力も優れていて、

それでいて熱心で、私はレッスン中に

ついつい何度も感動してしまう。

彼女の勉強する姿勢に対して

こちらも、間違ったことを教えないように

目の前の日本語にすごく集中するため、

あたまがフル稼働だ。

なんとかして、日本語で書かれている言葉イメージや感覚

相手に感じとってほしくて

わかりやすい表現を試行錯誤するのだが、

今日はうまく出てこないところがあった。

私はつい、目をギラギラさせて、

『ここ宿題にして』と言った。

彼女には申し訳ないが、

その瞬間、私は少しうれしくもあった

それは、私も学んでいるということを

実感できたからだ。

先生や講師というものは

極論生徒から学ぶことがなくなったら終わりだと

私はそう思っている

彼女に日本語を教えることをきっかけに

私が彼女に教えるということを教わっているのだ。

今日はそのことを深く学んだレッスンだった

教えてくれてありがとう。

宿題やらなきゃ。

 

日本語教育